妄想とか言わないで。喪男の哲学史 [book]
空想に身を任せることが出来る人は
とても幸せなんじゃないかと思います。
限りなく人に優しくできたり、表現したものをある程度、同じような人と共有する時間を過ごせたり、
いささか不安要素を事前に自分の中でだけ作ってしまう点もあるけれど、
少しでもこの能力があれば、ありふれた同じものを見ていても
何かしら精進出来ているのではないかとも思うのです。
空想や想像力がある人が推し計って
想像・推量できないものってなんだろうと考えると
全くそんなことをすることが出来ない人のことを思ったり、考えたりする事なんじゃないのかなぁと
そんなことぐるぐる考えていました。
モノ、ヒト、モノ、ヒト・・・。
想像しないし空想出来ないという感覚を思いはかるのは
日々何を救いに出来るのか想像してみます。
つ、つらい・・です。
今日はそんな思考の怠けるヒントの本です。
「喪男の哲学史」 本田透
この本を最初に手にとってめくった時は笑いました。
初めて哲学史でこんなに楽しませて頂きました。
「なぜ私はこんなにモテないんだ。」と考えるのは哲学しているという事なんだそうです。
なんだかちょっと生きやすくなったような気がしました。
ヒトラーは写実的な画しか描かなかったそうです。
クレーや抽象的な画家を弾圧していた面からも描けない人だったんだと思います。
なぜ実存しか認められないのか、その内面的な部分を丁寧に
かつ浮世離れせずに解説しています。
ありがとうございます。やっと分かりました。
高校の時は、哲学者が明らかに皆太っている写真やイラストなので
何事も考え過ぎて行動することがないからではないか
とばかり考えていました。
哲学者もみんなご飯食べて、一生懸命考えていたのではないかと
今日もまた空想します。
能のレビューまたゆっくり書いていこうと思ってます。
それぞれ興味ある方ご自身の感性に水をあげることが一番大事なんじゃないかと
思って書いているのですが、他の方の解説とは全く違う書き方をとっているので
なんとなく間違っているのではないか、とか
ちょっと想像力いっぱいに書き過ぎている、とか
お叱りやご意見など真摯に受け止めたいので、もしございましたら
コメント頂けましたら幸いです。
いつもたくさんの方に来て頂いてほんとにびっくりしてます。
毎日見守っていただいてありがとうございますm(_ _)m。
2010-06-17 02:29
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